応募前に準備しておくべき3つのこと

テニュアトラックに採用されると、慌ただしい日々が続きます。研究活動だけでなく、学生指導や一部授業をしながら、研究室を立ち上げなくてはなりません。テニュアトラックに応募する前に、準備しておくと良いことを紹介させて頂きます。

まず、博士卒後すぐにテニュアトラック助教になるのは、あまりお勧めしません。学生の間は、研究活動の基礎トレーニング(論文執筆、論理的思考、プレゼンなど)を受け、独自の研究テーマを確立し、学んでいる期間です。一方、テニュアトラック助教になるとマネージメントの仕事がメインになります。メンバーの数が増えるほどマネージメント能力が求められます。テニュアトラックに乗る前に、マネージメントをできる環境を整えておくことを強くお勧めします。ここでいう、マネージメントとは何でしょうか?

PIは、頭を使って、画期的な研究テーマを設定し、行き詰った学生にはアドバイスし、研究費を外部から取ってきて、限られた予算と時間でラボを効率よく動かす、といったことが求められます。効率よく運営するには、「秘書やテックを雇って雑用をしてもらう、そのための予算を取ってくる」ことも必要になるかもしれません。しかし、残念ながら日本にはそんな人を雇う予算はごく僅かです。少ない予算で自分で雑用をこなしつつ、ラボをきりもりしながらも学生を育てていく、それが日本のPIに求められるマネージメントではないでしょうか。

ラボを立ち上げ始めると、「ラボ運営や教育の最低ラインをどこにおき、それを維持するためのルールを作り、事前にメンバーに明確にルールを伝える。そして、ルール違反をした場合にメンバーの事情をよく聞いたうえで、今後の対応について話し合う。」といったことが待っているわけです。そのための準備を事前にしておくと、想定外の問題にも比較的対応しやすいです。

PIになると、どうしても、じっくりと勉強したり、研究を行う時間は限られてしまいます。自分のラボを持つ前に、指導教員とは違う独自の分野開拓をできるようになっていた方が、5~7年後のテニュア審査に通る可能性が高まります。研究費を獲得する際に、指導教員とも競合する場合があります。類似の研究や博士論文の延長では、なかなか研究費を獲得できません。つまり、テニュア審査に通るためにはオリジナリティを確立していることが最重要となってきます。焦って独立するよりも、一旦、博士卒後に、当該分野の世界トップのラボで2~5年ほど、ポスドクをすることを推奨します

ポスドク期間中は何をしたらいいでしょうか?もちろん、優れた研究成果を出し続け、プロジェクトを完遂させることが大切です。そして、自分独自の尖った研究を見つけましょう!指導を受けたラボとは違う環境における、教育方針・ラボ運営方法を学ぶ機会にもなります。所属部署にラボ立ち上げ中の若手研究員がいれば、参考にしてみるのも良いかと思います。テニュアトラック採用の面接や中間審査などは、学生らにも公開している場合が多いので、勉強になると思います。

上記のことを前提にした上で、テニュアトラックポジションを見据えて準備しておくとよいことを3つ挙げさせておきます。
  1. より優れた論文を迅速に書けるようになる。博士修了には、分野に寄りますが、国際的な論文を3報程度、自分で書けるようになることが求められていたと思います。論文執筆のスピードや質は、あまり求められなかったのではないでしょうか?しかし、自分のラボを運営する上で、PI自らが年1報も査読付き論文を書けないのだとしたら、大問題です。テニュアを獲得できるはずがありません。指導教員のようなベテラン研究者の助けなしに、よりインパクトのある論文を多数書く能力を、ポスドク期間に培っておくことをお勧めします。
  2. 研究費をとる。日本のテニュアトラックでは、大学からスタート支援の研究費を初年度500~1000万円、2~3年目100~300万円程度もらえると思います。しかし、初年度は、学生の机やPC、棚、コピー機などの事務用品などで100万円近く必要になります。また、電源や薬品、ガスなどのインフラ設備に200万円程度使うかもしれません。結果的に、初年度に研究に使えるお金は300万円程度でしょう。これでコアとなる実験機器を用意しておかないと、2年目以降に非常に苦労します。ポスドクの段階で、それだけで論文が書けるような強みになる実験機器を一つで良いので持っておけば、テニュアトラックにのった時にラボ立ち上げがかなり楽になります。学振PDであれば、科研費や助成金に応募できます。ポスドクの間に、世界に一つだけのマニアックな機器を自作しておくのがベストです。簡単なラボ・マネージメントの練習にもなると思います。
  3. 共同研究者を増やす。ラボ立ち上げ時は、とにかくお金がありません。装置もお金もない状況でいきなり世界トップの研究者と渡り合おうとしても、独りではついて行くことすら難しいです。協力者を増やしておけば、非常に挑戦的な研究内容でも、役割分担することで遂行可能です。時には、CRESTや新学術などの大きな予算を分担してもらえることもあります。
ポスドク後のポジションが、テニュアトラック助教ではなく講座制の助教であっても、ポスドク中に自立できるようにしておくと、ハラスメント耐性に強いです。教授に対しておかしいことをおかしい、としっかり言えるし、「海外からお客さんが来るから、そのお子さんの相手をしといて」とかいうような意味不明な雑用を断れます。たとえ理不尽に教授に嫌われたとしても、自分の装置だけを使って論文を書けばいいのです。年に1報だけでも論文を書き続けてさえいれば、研究費も取れるし、他大学のより高いポジションにも移れます。

テニュア獲得後は、国際共著や産学連携、分野横断研究できると、大型予算獲得や昇進に繋がります。更なる将来を見据えて準備しておくと良いことを3つ挙げておきます。
  1. 国際共同研究をする。日本では、共同研究のやりとりは教員が行っていると思います。私の経験ですが、どのように連絡してどのように進めるのかを間違えたことで、海外の研究者から途中で連絡が途絶えたことがあります。学生やポスドクの間に、CCに指導教員を入れながら自分がやりとりをして、研究をリードする経験をしておくと良いです。また、いざ共同研究したくても、メンタルバリアが高くて二の足を踏んでしまうかもしれません。学生やポスドクの間から、海外の友人が多いと、自分と同じ時期にfacultyになっている場合もあり、一緒に仕事しやすいです。SNS感覚で気軽に連絡できます。学会で話す程度の関係であれば、一緒に研究するだけで精一杯な感じがありますが、友人関係だと、国際先導研究とか交換留学の制度といった組織レベルの応募もしやすいです。
  2. 企業とのネットワークを増やす。経験上、地方大若手教員の場合、良い成果があっても、なかなか相手にされません。企業との強い繋がりは、信頼を得るのに何年もかかりました。私の場合、10人に話しかけて、5年後でも仲良い方は1人いるかどうかでしょうか。学生やポスドクの間から、学会などで企業との繋がりを増やしておくと良いです。できれば部長職くらいの方がベストです。課長職では共同研究の権限がなかったりしますし、所長では5年後には定年退職している可能性があります。学生やポスドクの間から信頼できる相手を一人でも増やしておくと、教員になった際に一緒に仕事しやすいです。将来、NEDOやJSTの応募を見据えている場合は、産学連携や特許なども評価対象になることがあります。
  3. 分野外の知り合いを増やす。学会や学内組織で仕事をしていても、分野外の知り合いはなかなか増えません。学生やポスドクの間に、分野外の知り合いを作っておくとinterdisciplinaryな仕事も気軽にできます。分野外の知り合いを増やすには留学がお勧めですが、国内であればアウトリーチ活動が効果的です。一般向けの講演となりますが、稀に参加される分野外の研究者と繋がることがあります。手段としては、youtubeやwebサイトでもいいと思います。将来、学術変革の応募を見据えている場合は、分野外の協力関係があるとより良いです。

上記の環境を揃えた上で、Visionを持ちます。10年~30年後に向けて、どのような成果を出したいか、考えておくと良いです。学生に明確なvisionやそれを実現するためのmissionを伝えることは、良いleaderに求められる要素の一つです。指導者になる前に、自身の教育・研究能力を高めておく、倫理観を身に着けておく、良い研究環境を提供できるようにしておくことが、未来ある学生達にとって何より大切なのではないでしょうか?

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