2. 将来設計


「10~20年後に自分がどうなっていたいか」と「研究目標」は、テニュアトラックの面接時に教授達に伝えているはずです。採用されたからには、この目標達成を目指さないといけません。そのための具体的な五か年計画を事前に立てておくことは非常に重要です。これでスタートダッシュと研究の効率が決まると言ってもいいです。
 

0.最終目標の設定
非常に挑戦的でもいいですが、必ず魅力的なものを設定します(しているはずです)。自分だけがワクワクするのではなく、他の教授や学生もワクワクするようなテーマです。「これをすることで新しい分野が切り拓かれる」テーマがベストです。実際、MITの若手教員が採用されて1年で計画通り研究を遂行してnatureに出版されている例を何件も見ました。「似たような報告はあるが、この条件ではまだ誰もやっていない」程度の重箱の隅をつつくような無難なテーマは、論文量産用にとっておきます。

1.アイデアの創出
若手研究者は予算・装置が限られている分、目標を達成するにはアイデアでカバーする必要があります。「特殊な実験装置で達成するのか」「共同研究を通じて達成するのか」「奇抜なアイデアで低コストで実現するのか」などです。できることは何でもやりましょう、使えるものは何でも使いましょう。豊富なアイデアと協力者は、テニュア獲得を大きく左右します。研究活動がスタートするまで、頭がおかしくなるまで考えてみてください。

2.目標達成のためのアプローチの検討
当然ですが、目標が遠ければ遠いほど達成するのが難しいです。アプローチは人それぞれですが、大テーマである最終目標を毎年論文を出せるように小分けにして、着実に段階を踏んでいきます。そして、5年以内に達成できれば進捗として十分だと思いますが、なるべく3年で最終目標が達成されるように少しきつめの時間設定をしました。米国で「6年の予定だったけどやっぱり3年目に審査することにしたから」と変更された例を聞いたことがあります。なんにせよ、実験系は故障がつきものです。予定通りにはいきません。

3.必要な装置・器具のリストアップ
なるべく多くの業者に連絡して相見積もりをもらいます。そして、値切れるだけ値切ります。「他の企業はもっと安いんですが」「今後も買い続けるので」「学会や論文で貴社の協力をアピールするので」など、言い方はいろいろです。なるべく相手も得する方法を提案できれば良好な関係が続けられます。研究室のマネージメントには交渉力が欠かせません。最初に安く良いものが手に入ると後が非常に楽です。見積書を並べ、予算内で購入できるものを3年計画で考えます。多少高くても、長期的に使い続けるものを優先的に購入します。

どうしても欲しいけど手が出ない場合が必ずあります。全国の共用装置や世界中の研究者を事前に調べておきます。日本には数多くの共用設備や公設試があり、非常に安く高額装置を使うことができます。そして、研究協力者が見つかれば装置を購入する必要がなくなります。会ったことがなくてもいいので、全てリストアップしておきます。また、中古物品がないかも調べたり、知り合いに聞いてみるといいと思います。近い分野で退官された教員がいればチャンスです。あと、大学の廃棄場所を見に行ってみると思わぬ宝物を発見できるかもしれません。

4.メンバーの募集
実験計画を元に設備と研究費に目途が立てば、後はそれを動かす人が必要です。行先が決まって車と燃料があっても動かす人がいないと到達できません。短期間で目標達成するためには、高い専門性や技術をもつ人材、つまりポスドクやスタッフが不可欠です。基本的な雑務は全てマネージャーであるPIの仕事になりますが、ポスドクが将来自立する際に役立ちそうな仕事は、どんどんポスドクに任せましょう。できれば、ポスドク自身に研究予算申請をしてもらったり、装置の立ち上げを手伝ってもらうといいです。最終目標さえ伝えれば後は自力で論文執筆してくれるぐらいの人が見つかれば最高です。残念ながら、日本のスタート支援は予算規模が小さく、ラボ立ち上げ時にポスドクを雇うのは難しいです。日本では教員自ら実験する必要があります。実験に必要な大学内のトレーニングや安全講習を事前に確認しておきましょう。

学生は、一から実験のノウハウを身につけさせなくてはいけないので、結果に結びつくまでに時間と労力がかかります。日本では学生は自腹を切って研究室に来てくれます。教員は、彼らを教育し社会に送り込む立場にあります。どのように指導するか、事前に研究室の規則や教育理念を固めておくべきです。研究進捗会、雑誌紹介、研究室内ルールや各種イベントなど。論理的思考、日本語・英語執筆能力、解析能力、プレゼンスキル、コミュニケーション能力、創造性など。忘れてはいけないのは、同じ教育スタイルが全ての学生に同じような効果をもたらさないという認識です。じっくり考えて画期的なアイデアを出す人もいれば、瞬発力高く様々なアイデアを出す人もいます。相手に応じて柔軟に対応をすることもマネージャの役割です。


これら1~4は、研究室運営が始まると忙しくて手が回らなくなります。物事が後手後手になると研究費を浪費しがちですし、研究室の方向性がブレブレになると学生やスタッフ達の心が離れていきます。そして、PIの顔から笑顔が消えます。事前にしっかりと準備しておくことはとても大切です。



私は、アイデアを出すには3段階必要だと考えています。日本では、受験勉強やクイズ番組などの人気から分かるように、知識を入れる(インプット)ことが得意な人を優秀だと思う節があるのではないでしょうか?知識はもちろん大切ですが、アイデアを出す(アウトプット)には、その知識をまとめ上げて内容を理解することが最も大切です。

勉強するのが嫌いな人は、この理解するというアプローチに苦痛を感じている気がします。教科書一行を理解するのにも何週間もかかることがあり、そこまで長期間集中したり悩んだりするのが苦手な人は、理解するにも至らず、「勉強はつまらない」という認識で終わるのではないでしょうか?しかし、そこを過ぎると勉強が楽しくなります。高校生までは「知識」が主体かもしれませんが、大学・学部生になると「理解」が主体となり、院生になると「アイデア・研究計画」が重要な要素を占めてきます。

豊富な知識と深い理解を総結集させることで、良いアイデアに繋がります。この「理解」をすっとばして、「知識」→「アイデア」というプロセスにもっていくと、実際に実験計画を立てる際、もしくは実行してみるとうまくいかないことが多いです(単なる思い付きのような陳腐なアイデアになり、所属学生が苦しみます)。しかし、教員になって忙しくなると、どうしても集中して取り組む時間を確保できず、最先端分野の「理解」が疎かになっていきます。PIとして長期間活躍するには、学生・若手の間に知識と理解に時間を費やしておくことが、とても大事だと思います。

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