9-2. 授業準備

【はじめに】
予備校や中学高校の教員と違い、大学教員は授業方法に関するレクチャーは受けていません。研究者からすぐに大学教員になるので、若手教員の多くが授業に対して不安があるのではないでしょうか?米国の大学では、大学教員の応募時にチョークトークが用意されており、審査員相手に与えられたテーマで授業をします。これはいい経験になります。学生の頃からTAとして深く授業に関わりますし、学生やポスドク用に「どういうふうに授業をするといいか」模擬教師を体験するクラスも用意されています。教員になる前に受けておくと良いかもしれません。

授業は事前にしっかりと準備しておかないと、学生にとって無益な時間となってしまいます。限られたコマ数と授業時間でどこまで教えられるか?学生に何を学んでほしいのか?授業構成・計画を立てておくべきです。ただ、素晴らしいカリキュラムで授業を展開しても、学生がすんなりと理解してくれるかは別です。日本では、高校までに習う授業は知識をメインに、一つの解を求める勉強法です。研究をするには膨大な専門知識が求められるので、その点ではこの勉強法は有効です。しかし、研究や社会生活には答えはありません。答えを近似で表わすことや、定性的に説明することに学生達は戸惑うかもしれません。また、興味のある授業を選択する大学生と、決められた授業を受ける中高生は違います。当然、意欲や姿勢で理解度も変わります。教員側の思い通りにいかないのが学生教育ですね。

一般的に授業準備は下記の手順で行うと思います。
  1. シラバスを用意する
  2. 教科書・参考書を探す
  3. 授業スタイルを決める
  4. 授業ノートを作成する
  5. 期末試験を作成する
最初は、前回まで教鞭を取っていた教授から講義ノートや情報を引き継ぐのがいいと思います。機会があれば、他の教員の講義を聴講するといいでしょう。世界中の著名教員の授業動画(open course ware (OCW))を無料で見ることができます。
【シラバス(授業計画)】
配布目的は、学生のガイドです。その授業がどうして必要なのか?その学部でどんな教育的役割を果たすのか?他の科目との関係は?を踏まえて、計画を立てます。講義の目的、到達目標、教員の面会時間、予習すべきこと、成績評価方法、参考書などを書きます。日本では、あまり学生に読まれていないようです。
【教科書・参考書】
教科書を使う場合は、学生が教科書を読んでくることを前提に進められるので、板書が少なくて済みます。授業スピードも高められますし、試験範囲も設定しやすいです。教科書を使わない場合は、どうしてもスライドまたは板書が増えるので、綿密な授業準備が必要になります。説明も丁寧にしないと、理解してもらいにくいです。参考書を何点か挙げておいた方が、自主的に勉強する学生に優しいかと思います。

【授業スタイル】
授業スタイルは人それぞれです。スライドや動画を使うとイメージがつかみやすいです。スライド授業は情報系に多いですね。しかし、ジョブズのようなプレゼンを90分間するなら別ですが、スライドを使って説明するだけでは学生が眠くなってしまいます。スライドメインで授業する場合は、学生と対話形式にするといいと思います。フォントサイズは20ポイント以上で、白色背景に緑色、黒色背景に赤色などの見にくい配色は避けます。後ろの席でも見える設備が整っているかを事前に確認しましょう。スライドを使うと授業スピードが速くなりがちなので、資料をダウンロードできるようにした方がいいです。その上で、スライドに書かれていない情報を板書すると喜ばれると思います。

個人的には、スライドには文章をいれず、図表を中心に板書のサポートとして使うのが好きです。スライドをメインにすると、日本の学生は眠ってしまいます。眠気対策として、「テストに自筆のノート持ち込みあり」とする教員もいるようです。プレゼンを使った授業として、下の講義がバランスいいのではないでしょうか?

 

最近は、DSやスマホ、タブレット端末の普及により、教育ソフトが充実してきています。ManabaChieruなどのソフトを使うと、教員にとって資料の配布や小テストの採点が楽になります。学生同士の議論を活発化させるにはOne noteが便利です。ただ、試験の点数などの個人情報の取り扱いには要注意です。個人的なアカウントで使うのではなく、大学が提供しているセキュリティのあるソフトを使うのが良いです。下の動画のようなアプリを使うとリアルタイムでアンケートを取れ、学生の理解度を掴みやすいです。


VRを使った講義は、今後増えてくるかもしれません。視覚的に理解がしやすそうです。興味を引き立てる力もありそうです。


上記のような便利なソフトや機器が多数出てきていますが、分野や教育スタイルに合わせて使い分けないと学生には逆効果になります。例えば理論物理などでは、教員が黒板やホワイトボードを使い、学生がノートを取るスタイルが好まれるのではないでしょうか?しかし、数式ばかりの難解な講義は、学生にとって退屈な時があります。そんな時は、生で実験をすることで学生の興味を惹きつけられるかもしれません。下の教授の講義はどれも楽しそうです。



事前に授業ノートを作成しておくと、適切な時間配分や情報量を伝えることが可能です。講義は、なるべく学生の方を見ながら話し、質問を投げかけるのがいいと思います。数式などはノートを見ながら板書するのもいいと思います。下の教授は、スライド、講義ノート、実験をうまく使い分けていると思います。途中でTAが子供を抱きかかえながら参加しています。日本でもこういう姿が受け入れられる日が早く来るよう、切に願います。


座学と応用がリンクすると理解も速く、学生も興味が湧くと思います。授業後に、ラボの院生と「電子顕微鏡の中のパーツを実際に見る」とか「シミュレーションソフトを使って規制品の性能を計算し、実測値と比較する」といった時間を用意している講義もありました。院生用の流体力学の講義で「自分の研究に関連する内容で、Matlabを使ってガスの流れを計算してみよう」という課題を出している先生もいました。日本では学生実験として別の時間が用意されているので不要かもしれません。

教育方針は、教員面接時に審査員に伝えていると思います。私の指導員は、基本は自学自習で、理解し難い箇所を助けるための講義をしていました。教員の授業スタイルも学生の勉強スタイルも千差万別です。いい授業ができるよう、尽力したいと思います。

【講義は英語が日本語か】
少子高齢化が進む日本では、2018年より学生数が単調減少します。学生数が少なくなると授業料が十分確保されず、教員数を削減せざるを得ません。結果、幅広い講義内容を提供できず、一つの大学で学べる学問範囲が狭まり、魅力が低減することで、更に学生数が減少し、授業水準も低下する、という負のスパイラルに陥ります。そこを打開するため、大学によっては、国際化を進めています。留学生を増やすことで、全体の学生数を維持し、授業料や教育水準を維持するためです。しかし、そのためには、英語だけで卒業できるようなプログラムが必要となります。

旧帝大でも一部の学科では、既に英語だけで単位を取れる講義が始まっています。「英語のスライドで日本語で説明する」とか「日本語で説明した後、英語で同じ説明する」といった対応が考えられますが、選択科目や大学院の講義なら全て英語でも構わないのではないかと思います。英語で講義を行うデメリットとして、日本の学生の理解度が下がるという懸念です。しかし、周囲の懸念とは異なり、現在のところ、理解度が下がったという結果は得られていないようです。特に理数系の場合、言葉ではなく、数式で会話できます。説明が日本語であろうが英語であろうが、大きな違いはないです。一方で、文系科目を英語にするのは大変なようです。対応策としては、日本語の講義動画(コロナ禍の時の動画など)を事前にuploadしておき、教室でのライブ講義を完全に英語で行う方法です。日本語で理解を深めたい人は動画を見てもらえばよく、動画なら何度も見返せます。Discussionを英語で行うことで、国際性が高まります。

例えば、大学院でのアクティブラーニングとして、『自分の所属する企業が化学薬品を排出した』+『他の学生は近隣住民』という想定で英語で記者会見をする、というのがありました。10回の講義を通じて、事前に論文を読み漁り、何が問題で、その問題にどう対処すればよいのか、とても考えさせられました。結構楽しかったです。専門分野によっては『原子力発電所から放射線が漏洩した』『新型のウイルスが蔓延した』『想定外の薬の副作用が発覚した』なども良いかと思います。

【授業ノート・スライド】
90分でどの程度を板書できるかは、実際に体験してみないとわかりません。私の場合、ノート1ページで大体30分くらいです。スライドは、図や式の作成に結構時間がかかるので、他の文献から取ってくる事も多いかと思います。

コロナ禍で作製した動画は、ポジティブに利用しています。動画を易しめ・丁寧な説明で作製していたので、講義を難しめの内容を話すことにし、そのフォローに動画を見てもらうことにしました。動画をうまく使えば、知識の詰込みは動画に入れておいて、講義で学生とのやり取り(アクティブラーニング含む)や学生が考える時間に多くの時間を割くこともできます。また、精神面の問題で大学に来れない学生も、オンラインで学ぶことができます。オンライン講義をうまく活用すれば、これまで以上に有意義な講義時間を学生に提供できると思います。

【試験の作成・採点】
『優』に偏り過ぎない、且つ『不可』が多くなり過ぎないように注意が必要です。『優』や『不可』が多いと、講義が学生のレベルに合っていないということなので、講義を改善しなくてはなりません。

【アンケート】
授業の最後で学生からアンケートを取ると思います。『学生にとって良い授業』と『教員にとって良い授業』は異なります。『教員にとっていい授業』は、一人でも多くの学生が講義内容を理解してくれ、優秀な学生が更に理解を深めてくれることだと思います。他の講義や研究活動にスムースに入れる講義や、数年後に取っててよかったなと思わせる講義ではないでしょうか?一方で、『学生にとって良い授業』とは、分かった気にさせてくれたり、話が面白かったり、試験が簡単だったりする場合があります。短期的な視点が多いです。個人的には、知識を増やすだけの講義は評価が上がりやすく、内容を理解させる講義は評価が低くなりがちだと感じます。大学では後者の方が大事なのですが、なかなか難しいです。学生からの評価で、あまり一喜一憂しなくていいと思います。

一方で、アンケート結果は必ず目を通したほうが良いです。誰がアンケートを書いたのかわかる場合、優秀な学生からのコメントが参考になります。彼らでも理解が難しければ、難度を落とすべきでしょう。誰が書いたのか分からない時は、平均的な学生の評価なので、やや難しかったな、と思うくらいが良いと私は思います。学生から『出欠を取ってほしい』『宿題や演習を出してほしい』『参考書を提示して欲しい』『〇〇をもっと詳しく説明してほしい』といった要望があったりします。とても参考になります。

【さいごに】
講義の仕方・方針は、教員それぞれなので、参考程度にして頂ければと思います。上記だけでなく、いろんな角度、いろんなアプローチの講義があると面白いと思います。

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